Water Security Compass に掲載されている情報は、広域に適用可能な水資源モデルH08による計算とその後処理の結果です。技術的な評価手法について概要を説明します。
全世界を対象とした水逼迫度の評価(全球版)
H08モデルによる計算
H08モデルは世界最先端の全球水資源モデルのひとつで、自然の水循環と人間の水利用・水管理の主な要素を計算・推定することができます。本サイトで提供する情報は、H08モデルの標準計算とよばれるHanasaki et al. (2018) [1] の論文に記述された条件から、主に以下について変更した結果に基づいています。
- 解像度:水平空間解像度は5×5分(赤道上で約9×9 km)。時間解像度は日単位。
- 水関連インフラ:主要なダム操作による河川流量の調節、人工水路による導水、海水淡水化による造水等を考慮。
- 評価期間:1980年から2020年までの40年間。気象条件は1980年から2020年までの40年間の日単位データを入力。水需要量や水関連インフラ整備状況等の社会条件は2015年付近の情報で固定。
後処理
H08モデルによる日単位、5分格子単位でのシミュレーション結果(利用可能な淡水水資源量、部門別の水需要量)を時間・空間的に集計しています。時間的な集計は指標により異なり、サブ流域単位または流域単位です。使用しているサブ流域や流域のデータは、H08で使われた標高と河道情報をもとに、地理学的な観点から流域を分割・結合することにより独自に作成しています。各指標は、時間・空間的に集計されたデータを基に統計的な処理を行うことで算出しています。
気候や社会の変化の複数シナリオに基づく将来の水逼迫度の評価
Water Security Compass beta では、2030年と2050年を対象年として、3つの将来シナリオに基づき、水需要量、利用可能な水資源量、水逼迫度指標を示しています。評価には現況の評価と同様にH08モデルを用い、気候外力や需要量に関連する社会条件を、将来のシナリオ毎にセットしています(表1)。将来の気候外力としては、CMIP6から5つの気候モデルを選択し補正しているISIMIPのデータセット [2] を用いており、Water Security Compass beta で表示・提供している情報は、これら気候外力の異なる5つの評価結果の平均値です。将来の需要量は、Hanasaki et al. (2013) [3] の手法基づき評価しています。SSP Public Database (Version 2.0) の提供する人口、GDP、発電量の将来予測 [4] を用いるとともに、水利用効率の変化や灌漑面積等の変化をSSPの叙述シナリオに合わせて設定しています。
パスウェイ | 共通社会経済経路(SSP) 代表的濃度経路(RCP) |
水利用シナリオ |
---|---|---|
持続可能性 グリーンロード |
SSP1-RCP2.6 世界的人口増加(低位)世界的経済成長(中位) 世界的エネルギー使用(低位)技術進展 (高位) |
水利用効率(高位) 灌漑面積の増加(低位)耕作回数の増加(低位) |
地域間の対立 ロッキーロード |
SSP3-RCP7.0 世界的人口増加(高位)世界的経済成長(低位) 世界的エネルギー使用(中位)技術進展(低位) |
水利用効率(低位) 灌漑面積の増加(高位)耕作回数の増加(高位) |
化石燃料による開発 ハイウェイ |
SSP5-RCP8.5 世界的人口増加(低位)世界的経済成長(高位) 世界的エネルギー使用(高位)技術進展(高位) |
水利用効率(高位) 灌漑面積の増加(高位)耕作回数の増加(高位) |
より空間解像度の高いデータを用いた日本領域での評価(日本領域版)
日本領域版では、全球版と同じく、H08モデルの計算結果を利用して評価を行っています。全球版との計算の違いは、主にH08モデルへの入力データの空間解像度と作成方法です。空間解像度は全球版が5分角(約9 km)であるのに対して日本域版は1分角(約2 km)であり、入力データには日本国内で整備されている気象、農地、水需要、ダム貯水量、導水路等に関するデータを用いています(関連する文献:[7]-[9])。
日本領域版は現時点(2024年11月)で開発段階のアルファ版です。沿岸部など一部の地域で反映されていない導水路やダム等の情報を更新する予定であるため、指標値は今後のベータ版で変わる可能性があります。また、表示できる指標も増やしていく予定です。
参考文献:
[1] Hanasaki et al. (2018), A global hydrological simulation to specify the sources of water used by humans. Hydrol. Earth Syst. Sci. 22, 789–817. DOI.
[2] Stefan Lange, Matthias Büchner (2021): ISIMIP3b bias-adjusted atmospheric climate input data (v1.1). ISIMIP Repository. DOI.
[3] Hanasaki et al. (2013), A global water scarcity assessment under Shared Socio-economic Pathways -Part 1: Water use.Hydrol. Earth Syst. Sci. 17, 2375-2391. DOI.
[4] SSP database hosted by the IIASA Energy Program at URL.
[5] O’Neill, B. C. et al. (2016), The Scenario Model Intercomparison Project (ScenarioMIP) for CMIP6. Geosci. Model Dev. 9, 3461–3482. DOI.
[6] Riahi, K. et al. (2017), The Shared Socioeconomic Pathways and their energy, land use, and greenhouse gas emissions implications: An overview. Glob. Environ. Chang. 42, 153–168. DOI.
[7] Hanasaki et al. (2022), Toward hyper-resolution global hydrological models including human activities: application to Kyushu island, Japan, Hydrol. Earth Syst. Sci., 26, 1953–1975. DOI.
[8] 小田ら(2024), 全球水資源モデルの水供給表現の改良 —配水系統を考慮した東京都の水需給評価—. 土木学会論文集, 80 巻, 16 号. DOI.
[9] 川崎ら(2024), 日本の灌漑導水路網を考慮した流域間導水のモデル化の試み. 土木学会論文集, 80 巻, 16 号. DOI.